1934年8月、共産党指導部は国民党軍の爆撃を避けて、政府機関を沙州覇から、 雲石山の頂上にある古廟に移した。だが、戦局はますます悪化し、指導部はやむなく根拠地の放棄を決定。10月18日、賀龍らの第2方面軍との合流をめざして西遷が開始された。 長征の第一歩となったため「長征第一山」とも呼ばれる。雲石山郷の東北。

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こちらは電子本です。豊富な写真付きです。
第一集<アヘン戦争・太平天国・洋務運動>編
第二集<辛亥革命・国民革命>編
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