1931年11月、天津を脱出した溥儀は、営口に上陸すると甘粕正彦らの出迎えを受け、そのまま汽車に乗せられ湯崗子温泉へ直行。満鉄が経営する高級旅館対翠閣に案内された。そこで数日間、事実上の軟禁状態に置かれた後、溥儀の身柄は旅順ヤマトホテルへと移された。当時、溥儀が泊まったのは、対翠閣の2階洋室。市の南郊外15キロ。

 

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こちらは電子本です。豊富な写真付きです。
第一集<アヘン戦争・太平天国・洋務運動>編
第二集<辛亥革命・国民革命>編
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