蒋翊武は革命結社文学社の指導者で、共進社の孫武らとともに武昌蜂起を画策した人物。だが、辛亥革命成功後は他の 指導者と折り合いが合わず政治的に不遇をかこった。1913年、袁世凱が帝政復古を宣言すると湖南で挙兵。討袁の 旗を掲げて袁軍と戦ったが、同年10月9日、ここで殺害された。高さ4メートルほどの四角柱で、正面の題詞 「開国元勲蒋翊武先生就義処」は孫文の直筆になる。広西壮族自治区桂林市内北部、榕湖の北の翊武路にある。

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こちらは電子本です。豊富な写真付きです。
第一集<アヘン戦争・太平天国・洋務運動>編
第二集<辛亥革命・国民革命>編
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