三・一八事件に連座して北京を追われた魯迅は、1926年9月からここ厦門大学で中国文学史の講義を担当 していた。だが、学校当局のやり方に反発し、辞表を提出。翌年1月には広州の中山大学へと移った。ここはその間、 魯迅が起居していた建物で、現在、魯迅記念館となっている。厦門市内南部厦門大学の集美楼にある。

 

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こちらは電子本です。豊富な写真付きです。
第一集<アヘン戦争・太平天国・洋務運動>編
第二集<辛亥革命・国民革命>編
捏造支那近現代史の旅出版部→

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