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八路軍西安弁事所紀念館

西安における中国共産党の出先機関だった場所。1936年の西安事件によって第2次国共合作が成立すると、 翌年5月、中国共産党はここに「紅軍連絡所」を設置。その後、紅軍が国民党第八路軍と改称されたため、 「八路軍西安弁事所」と改称した。延安入りを希望する人々へのビザ発給業務はここで行われ、支那事変期間中、 多くの青年たちが延安へと入った。解放区の医療に献身したカナダ人医師ノーマン・ベチューンや 共産党の活躍を報道した何人かの外国人ジャーナリストもここを経由して延安へ潜入した 。内部はいくつかの部屋にわかれ、それぞれ当時の資料や写真、文物などが陳列されている。 一角に秘密の地下室があり、国民党の監視下にあった当時の緊迫した状況がうかがえる。西安駅の近く、 北新街の七賢坊にある。

 
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