支那事変勃発後、紅軍は八路軍と改称され、国民党と協力して 日本軍にあたることになった。ここはその当時、八路軍の南京における出先機関が置かれた場所。 門をはいった西側にある小さな建物が受付で、中央にある3階建ての建物1・2階がそれぞれ応接室 および無電室として使われた。また背後にある建物は印刷所で、支那事変開始直後の1937年9月、 八路軍が山西の平型関で日本軍に大勝したさい、ここの謄写版印刷機で号外を印刷し、 市民に配布したという。市内青雲巷41号にある。

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こちらは電子本です。豊富な写真付きです。
第一集<アヘン戦争・太平天国・洋務運動>編
第二集<辛亥革命・国民革命>編
捏造支那近現代史の旅出版部→

One thought on “八路軍駐京弁事処旧址”

  1. いわゆる南京事件の背後にこの八路軍駐京弁事処がなんらかの形でかかわっていた可能性がないとはいえないと思う。なにせ日本軍の占領下で南京が平和裏に治安を回復し、両国の戦闘が終結してしまって困るのは中国共産党だったのだから。

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