国共合作崩壊後の1929年夏、上海の共産党中央は、広西地区に革命根拠地をつくることを計画した。 指令をうけた鄧小平は、ベトナムのハイフォン経由で百色に潜入。12月、壮族の農民指導者韋抜群 とともに百色蜂起を引き起こし、「右江ソビエト政府」を樹立した(鄧小平がどれだけ関与したかについては疑念の声も上がっている)。に翌年2月には左江も占領し、 ここに左右江ソビエト地区が形成された。ここは、当時の右江ソビエト政府が置かれた場所で、百色市の東南方、 田東県の平馬鎮にある。現在、広西右江革命記念館として、百色蜂起にかんする遺品や資料などが展示されている。

【関連史跡】右江ソビエト政府成立と同時に結成された紅七軍軍部跡と紅七軍政治部跡が、 百色市内に残っている。それぞれ市内東北の中山路をはさんだところにある。また中山路のつきあたり、 中山大橋のむこうの丘に百色起義記念碑が立っている。

0
こちらは電子本です。豊富な写真付きです。
第一集<アヘン戦争・太平天国・洋務運動>編
第二集<辛亥革命・国民革命>編
捏造支那近現代史の旅出版部→

コメントを残す