二・七記念塔

1923年2月1日、北京と武漢を結ぶ京漢鉄道沿線の労働者が、鄭州に集まり労働組合の承認をもとめ、 大規模なゼネストを行なった。だが、帝国主義列強に後押しされた軍閥呉佩孚は2月7日、これを武力で弾圧。 指導者の共産党員林祥謙や施洋をはじめ、鄭州分工会の責任者40名以上が殺害され負傷者200人あまりを 出す惨事となった。ここはその二・七大ストライキを記念した塔で、9層からなる純中国様式。当時、 労働者たちが集会を行った普楽園の跡地に建てられている。内部は歴史陳列館となっていて、 二・七事件に関する文献や当時の写真、遺留品などが展示してある。鄭州駅に降り立つと、まっさきに 目に入るこの塔は現在、鄭州のシンボルとなっている。鄭州駅東側の二七広場にある。【関連史跡】駅のすぐ近く、 銭塘路に二七記念堂がある。

 

 

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