三一八烈士墓

三・一八事件

1926年3月18日、北京市内で日本の内政干渉に抗議する学生らがデモを行った際、時の権力者段祺瑞がこれを弾圧、 47人が虐殺され、200名以上が負傷するという事件がおこった。ここは、その三・一八事件で犠牲になった47名の遺体を葬った 陵園で、市内海淀区の円明園の西南隅「九州清宴」遺址にある。犠牲になった学生のなかには魯迅の教え子もおり、 魯迅は『花なきバラ』という文章のなかで「これはひとつの事件の結末ではない、発端なのだ」と怒りを表現している。 墓碑は高さ9メートル、六角形をした大理石で、正面には「三一八烈士公墓」の7字が刻まれている。

 

 

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