特別任務班の悲劇

志士の碑

日露戦争の裏面史を彩ったのは多くの謀略工作であった。なかでも有名なのが、横川省三、沖禎介ら特別任務班によるそれである。その密命はチチハル南方の嫩江にかかるフラルジ鉄橋の爆破であった。 一行は一九〇四年二月二一日未明、北京を出発。最初の目的地であるカラチンを過ぎ、赤峰、そして烏丹と内蒙古雪原を猛吹雪に悩まされながらひたすら北上を続けた。ところが、約五〇日後の四月一二日夕、大興安嶺山脈のふもとで天幕を張っていたところを不運にも巡回中のロシア兵とばったり遭遇。捕らえられた一行はハルピンへ護送され、そこで銃殺刑に処されたのであった。
なお、このとき、二人は所持していた一千両をロシア赤十字社に寄付したいと申し出たという。これに対し、ロシア軍司令官は「この金は君らの家族へ送ったほうがよいのではないか」と日本への送金を勧めたものの、二人はがんとして譲らず、司令官を感動させたと伝えられている。

横川省三

 

 

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