保衛和平石牌坊

ケトレル

義和団事件の際、殺害されたドイツ公使フォン・ケトレルを追悼するため建てられ た記念碑。1900年6月、ドイツ公使ケトレルは談判のため馬車で 総理衙門に赴く 途中、東単付近で清国兵に狙撃されて死亡した。義和団事件後、ドイツ政府は、殺害現場に石造りの記念碑を建立したが、第1次世界大戦後、 戦勝国であるフランス軍によって破壊された。その後、中国政府はこれを「公理戦勝牌坊」と名を改め、当所に移築。さらに1952年 にアジア太平洋地域平和会議が北京で開催されたのを機に、現在の名称に変更された。中山公園の南門の近くにある。

 

 

 

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