美貌の女スパイ蘋如

丁黙邨を暗殺しようとした鄭蘋茹

支那事変当時、上海を舞台に活躍した美貌の女スパイがいた。上海高等法院首席検察官鄭鉞の娘で、日本人を母に持つ鄭蘋如である。

蘋如がスパイの道に足を踏み入れたのは十七歳の時、天性の美貌と頭の回転の速さが藍衣社の特務機関員に見込まれたのがきっかけという。 最初の仕事は、東亜同文書院に勤務する近衛文隆(近衛文麻呂首相の長男)を色じかけで落とすことだった。これは意外なほどあっさり成功し、その顛末は当時の上海でも醜聞として取り上げられた。

だが、蘋如の名を高めたのは、元C・C団の責任者でのちに汪兆銘側に寝返ったジェスフィールド七六号の頭目丁黙邨に対する、まさにスパイ映画さながらの工作であった。

一九三九年の冬のことである。その日、蘋如はつきあいはじめたばかりの丁黙邨と一緒に上海の目抜き通りである静安寺路を歩いていた。クリスマスプレゼントをねだる蘋如は甘えるように丁黙邨の腕を引いて、近くの高級毛皮専門店に入ろうとする。押しきられるように店に入ろうとした丁黙邨は、その瞬間ただならぬ気配を察知した。見ると店の入口には何食わぬ顔をした男が二人腕組みをして立っている。

「ワナだ!」。男たちが刺客であることを見破った丁黙邨は、何食わぬ顔で店へ入ると突然、蘋如を突き飛ばし、もうひとつの出口から脱兎のごとく逃走した。不意をつかれた二人の刺客は、車に乗って逃げる丁黙邨の背後から銃を乱射したが、夕暮れの雑踏のなかでついにその姿を見失ってしまったーー。

その後、蘋如はジェスフィールド七六号の手によって捕らえられ、銃殺刑を宣告された。死刑執行当日、引き立てられた上海郊外の刑場で、「何か言い残すことはないか」と死刑執行人に問いかけられた蘋如は、かぼそい声で一言「顔だけは傷つけないで」と答えたと伝えられている。

 

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