藍衣社とジェスフィールド七六号の暗闘

丁黙邨と李士群

日本軍が南京を占領した前後から上海での抗日テロは激しさを増していた。なかでも活 発な活動を行っていたのが、戴笠の指揮する藍衣社と陳果夫・立夫兄弟が組織したCC団であった。これらはいずれも蒋介石直属の特務機関であり、目的のためには手段を選ばないその残虐な手口は、日本人ばかりか一般民衆をも恐怖の底に陥れていた。

こうした抗日テロの温床となったのは、重慶遷都後も租界に残っていた国民党の行政機関や団体であった。しかし、さすがの日本軍も列強の領土である租界に土足で入り込むことは許されない。そのため上海を舞台にした抗日テロはこれを取り締まろうとする日本軍をあざ笑うかのように激化の一途をたどっていた。

 

だが、日本側としてもただ手をこまねいているわけにはいかない。そこで組織されたのが「対重慶特工総部」、通称ジェスフィールド七六号であった。責任者にすえられたのは、元重慶側特務のベテラン工作員丁黙邨と李士群。国民党側から寝返った二人は「眼には眼を歯には歯を、中国人テロには中国人があたるのが効果的」と自ら対重慶テロ工作プランを日本側に申し出て採用されたのである。

かくして血で血を洗う悽惨なテロ合戦が開始された。やがて両者の工作員による死闘が白昼堂々、街頭で繰り広げられ、魔都上海は以前にもまして暴力と暗殺が横行する修羅の巷と化していったのである。

 

 

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