
地下道にひそむ中国兵
支那事変中、中国民衆は村落の地下に秘密の通路をはりめぐらし、侵攻してくる日本軍にゲリラ戦で 対抗した。こうした地下道は当時、中国各地につくられたが、ここもそのうちのひとつ。現在、 戦跡として保存されており、併設された記念館とともに一般公開されている。焦荘店の地下道は、 全長11、5kmあまりで縦横に交錯し、そのうちのいくつかは、近隣の村々にまで通じていたという。 出入口は、オンドルの上やかまどの下、さらに臼の下や馬小屋の中などに目立たぬよう 巧妙につくられ、地下道内には敵を攻撃する銃眼や砲台をはじめ、監視所や休憩室、 さらに落し穴などがもうけられていた。記念館には、当時、住民が地下道を掘るのに 使ったスコップやつるはし、戦闘用の武器などが展示されている。また地下道は改修され、 参観者が内部に入って見学できるようになっている。北京市の東北郊外、順義県の焦荘店にある。