甘粕正彦

甘粕正彦

(1891 〜1945) 軍人。満映理事長。東京大震災の際、無政府主義者大杉栄を殺害し、懲役10年の刑を宣告される。しかし3年後に釈放され、その後、フランスへと渡った。いったん歴史の表舞台から消えたかに見えたが、事件のほとぼりが冷めると、今度は中国に姿を現わした。甘粕はここで、軍が表立って動けない仕事ーいわゆる謀略活動に従事するのである。満州事変勃発の際、吉林やハルピンで爆弾テロを起こし、戦線の拡大工作を行ったり、溥儀の天津脱出工作にかかわったりと、まさに神出鬼没の活躍ぶりを見せた甘粕は、満州国建国後、その功によって満州映画協会(通称、満映)の理事長の座におさまる。そこで国策映画づくりに励んでいたが、1945年、日本が戦争に負けると8月20日、理事長室で青酸カリを仰いで自殺した。黒板には、こんな辞世の句が書かれていたという。「大ばくち もとも子もなく すってんてん」

 

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