広州コミューン旧址

広州コミューン旧址

広州コミューンの人民政府跡。 広州コミューン(広州公社、あるいは広州暴動ともいう)は、1927年12月、 広州市内に中国共産党がソビエト政府を樹立した事件。蒋介石の反革命クーデター後、独自に革命を続行しようとした 中国共産党は、8月の南昌蜂起、9月の秋収蜂起に引きつづいて、広州でも大規模な暴動を計画した。12月11日早朝、 張太雷、葉挺、葉剣英らは、労働者赤衛隊と教導団(将校養成部隊)を主力とする武装民衆を率いて蜂起。 またたくまに全市を制圧し、ここに蘇兆徴を主席とする広州ソビエト政府を樹立した。この中国初の赤色都市政権は 「東方のパリ・コミューン」とたたえられたが、3日後には国民党の反撃に会い、あえなく崩壊した。ここは当時、 人民政府が置かれた場所で現在、広州蜂起記念館となっている。館内には張太雷ら指導者の胸像をはじめ政府執務室跡、 赤衛隊本部跡、武器庫跡などが残っている。解放北路と中山路の交差点に近い起義路100号。広州起義烈士陵園の西。

 

 

 

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