海豊紅宮

彭湃にひきいられ、南下した南昌蜂起軍の一部隊は、1927年10月、当地の農民とともに海豊県の政権を奪取、ここに中国初のソビエト政権・海豊県ソビエト政府を樹立した。もとは、孔子をまつった寺廟だったが、大会当時、外壁が赤く塗られ、会場内の壁もすべて赤い布で覆われたため紅宮と呼ばれるようになった。また隣の広場は紅場(赤の広場)」と呼ばれ、ソビエト政府成立慶祝大会が開かれた場所で、壇上にあがった彭湃が会場につめかけた数万人を前に演説したところである。海豊県海城鎮にある。

赤山約農会旧址

1922年夏、早稲田大学留学から郷里に戻った彭湃は農民の教育と組織化に乗り出した。共鳴したのは、当初わずか6人ほどにすぎなかったが、その後、組織は急速に発展、やがて広東初の農民協会、赤山約農会が結成された。ここは、その本部が置かれたところで、旧址の前にある榕樹は、当時その下で彭湃が夜ごと農民たちに革命思想を説いた場所である。海豊県海城鎮の東方、竜山の麓にある。

 

 

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