妄想日清秘史

秀吉の朝鮮出兵は第一次大東亜戦争だった。

豊臣秀吉はスペインなどの西洋列強からアジアを守ろうと朝鮮、明と連携しようとするものの志半ばにして急逝した。

その志を受け継いだアジア主義者の内田良左衛門と頭山満助ら青龍会のメンバーは倭冦の手引きによりひそかに満州に渡った。当時、半ば列強に腑抜けにされていた明を倒し、大陸に新秩序を樹立するよう後金を促すためだった。

日本から鉄砲など最新の武器の支援を受けた後金は明を倒した後、清朝を名乗り、耶蘇会の侵略から大陸を守るべく西洋人宣教師を追放し、海禁政策を採った。

以後、同じく鎖国政策を採る日本と清朝は裏で連絡を取り合いながら列強によるそれ以上のアジア侵略を防ぐべく、にらみをきかせていた。

しかし、そうした日清共同防衛体制に綻びが出始めたのがアヘン戦争であった‥。

その後、西洋列強による第二次東アジア侵略の手駒として送り込まれたのが孫文であった‥。

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