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旅順大和ホテル

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1931年11月18日、関東軍の手引きで天津を脱出した廃帝溥儀は、営口から湯崗子温泉を経て、 旅順のヤマトホテルにいったん腰を落ち着けた。翌年2月、関東軍参謀板垣征四郎大佐がここを訪ねてきて、 溥儀に面会。正式に満州国への参加を要請した。そのさい皇帝の椅子を与えられるものとばかり思っていた 溥儀は皇帝ではなく執政という条件を聞いて激怒したという。旅順駅の西側市街。かつての鎮遠町にあった。

 

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