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雨花台

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中華門外にある広大な丘陵地帯で、名前は、六朝時代にさる名僧が説法をしたところ、感動した天帝が花を雨のように降らせたという伝説に由来する。しかし、その詩的で美しい響きとは裏腹に、この雨花台は中国近現代史上、おびただしい犠牲者の血が流れた場所として有名だ。太平天国軍は ここで清軍と何度か流血戦を行ったし、辛亥革命のときも清軍との間で激戦が繰り広げられた。 そして1927年4.12クーデター以来、蒋介石の手によって処刑された共産党員や 進歩的人士の数は10万人以上にものぼるという。園内には、『国民党政府在雨花台曽経屠殺了三十万共産党烈士』(30万人が国民党によって殺害された)という毛沢東の揮毫になる記念碑がある。またいわゆる南京虐殺の際は、一般市民を含む30万人以上の人が日本軍によって虐殺されたとされている。現在、ここは当時、犠牲になった人々の遺体をまつる烈士陵園となっており、中央には死地におもむく烈士をかたどった巨大な「革命烈士犠牲者彫塑群」が建立されている。 併設の烈士記念館には、鄧中夏や琿代英、鄧演達など多くの革命家と烈士たちの事績と遺品が展示されている。 なおここでとれる雨花石は、殺された人々の血によって赤く染まっているのだといわれる。 江蘇省南京市の南郊、中華門外の小高い丘陵地帯にある。

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1924年当時の国民党執行部メンバー
1924年当時の国民党執行部メンバー

前列左から一人目、鄧中夏。同右から一人目、向警予。後列左から二人目、毛沢東。同右から一人目、惲代英。

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雨花台”に一件の関連情報があります

  1. 戦後、しばらくの間、中国共産党の最大の敵は台湾の国民党だった。それが80年代あたりから日本へとすりかわったわけだが、それと軌を一にするように出てきたのが南京大虐殺である。そしてその犠牲者数とされたのが30万人という数字である。しかし、なぜ30万人なのか? その数字はどのような根拠にもとづいているのか? なぜ10万人や20万人ではだめなのか? それは、この雨花台にある『国民党政府在雨花台曽経屠殺了三十万共産党烈士』という毛沢東の揮毫が関係しているのかもしれんね。

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