0

宣武門外第一監獄

1945年8月、日本が敗退すると、国民党政府は支那事変中、日本側に協力した中国人を漢奸(裏切り者) として一斉逮捕に乗り出した。満州国建国前後、東洋のマタハリ、満州のジャンヌダルクとして 一世を風靡した川島芳子もこのとき、北京へ乗り込んできた国民党特務によって捕えられ、 ここへ収監された。その後、彼女が日本国籍を取得していたかどうか(日本国籍であれば漢奸の罪には問えない) などをめぐって裁判が繰り広げられたが、結局、漢奸と認定され、1948年3月25日早朝、 銃殺刑に処せられた。享年42歳であった。なおこのとき銃殺されたのは「身代わり」で、 本人は金を積んで処刑を免れたという説も根強く残っている。しかも後日、 その証人となる人物も現れたといわれ、真相は今もって明らかではない。現在の北京監獄。宣武門外南西の濠沿い。

 

スポンサーアド

 

川島芳子のものとされる遺体
川島芳子のものとされる遺体
Monacoinを投げる
モナゲ(tipmona)ってなに?
そもそもMonacoinってなに?
中国捏造近現代史観光史跡をつぶやいてます!

bitFlyer ビットコインを始めるなら安心・安全な取引所で

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

Optionally add an image (JPEG only)