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李大釗墓

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中国共産党の創始者の一人、李大釗の墓。1927年4月、奉天軍閥張作霖が支配する北京は、 熾烈な「赤狩り」の嵐が吹き荒れていた。こうした中、李大釗ら北京在住の共産党員は、東交民巷(天安門広場の東隣) にあるソ連大使館に身を隠していたが、強引に踏み込んだ張作霖側の官憲によって逮捕され、同月28日、 西交民巷(天安門広場の西隣)の監獄内で絞首刑に処された。処刑後、遺体は宣武門外の妙光閣浙寺に置かれていたが1933年、 共産党組織の奔走によって秘密裡に当地に埋葬された。墓前には李大釗の塑像が置かれ、 背後には鄧小平の揮亳になる記念碑が立っている。併設の陳列館には李大釗に関する資料が展示されている。北京市内、頤和園の西方、 海淀区の万安公墓内。333路のバスで万安公墓下車。

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