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聶耳墓

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中国国歌「義勇軍行進曲」の作曲家聶耳の墓。1912年、昆明に生まれた聶耳は18歳の時、 上海に出て音楽家としてデビュー。やがて劇作家の田漢らとともに左翼文化運動に身を投じた。 35年はじめ、田漢の映画「風雲児女」の主題歌として作った義勇軍更行進曲は、 たちまち中国全土で大ヒットし、中国民衆の抗日闘争を大きく鼓舞した。だが、国民党の弾圧にあい、 同年7月、亡命先の日本で遊泳中溺死した。楽器の形をした墓は、24の石段と7つの花壇で飾られており、 石段は24歳で死んだその若い生命を、7つの花壇は7音階をそれぞれ象徴している。 市の西南15キロの西山にある。

 

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義勇軍行進曲のポスター
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