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黄興墓

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黄興
黄興

孫文と並ぶ辛亥革命の指導者・黄興の墓。黄興は1874年、長沙の生まれ。1904年、同郷の宋教仁らと 革命結社華興会を結成、湖南を中心に反清武装蜂起を画策した。だが失敗に終わり、日本に亡命。翌年、 宮崎滔天のあっせんにより東京で孫文と会見、革命結社中国同盟会を組織した。武昌蜂起の際は、外遊中の孫文に代わって 事実上の総司令として活躍。南京臨時政府では、陸軍総長をつとめた。袁世凱による政権纂奪後は討袁軍の先頭に立って 第2革命を指導したが、やがて病に倒れ、1916年上海で病没した。湖南省長沙市内湘江対岸の岳麓山にある。

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