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太平天国開国封王地

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金田蜂起後、潯江と黔江の流域を転戦していた太平天国軍は、1851年9月25日、 永安州(現在の蒙山県)を 攻略し、ここに最初の王府を置いた。滞在したのはわずか半年であったが、聖庫制(一種の共産主義制度)を制定し、 東王、南王、北王、西王、 翼王ら5人の王を封じるなど、基本的な国家としての体裁を整えたところとして歴史的にも 重要な場所とされる。王府はもとの役所跡で、1949年の解放後、庭の井戸から処刑された知州の骨や捕虜を縛った 鎖などが発見された。また、太平軍が攻め落とした城壁や清軍を迎え撃った東西の砲台、十里長城、西浮嶺地下洞 など多くの史跡が現存する。近くに記念館がある。広西壮族自治区南寧の東北方、桂平県の北にある。永安州は現在の蒙山県。蒙山県は 金田の北方、柳州の東方。

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太平天国の玉璽
太平天国の玉璽
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