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大沽口砲台

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渤海湾に面した砲台跡。もとは明代に和冦に対抗してつくられた海防施設だったが、アヘン戦争後に本格的な要塞として 拡充強化された。第2次アヘン戦争(アロー号事件)のさい、 英仏連合軍によって破壊されたが、その後、再整備され、 河口の南北両岸に5つの大きな砲台が設けられた。しかし1900年、義和団事件の結果、列強との間に辛丑条約が結ばれると、 渤海湾から北京にいたる軍事施設は廃棄されることが取り決められ、その際、この大沽口砲台も破壊・撤去された。現在、 南岸にある1門だけが破壊をまぬがれ、残っている。天津市の南東60キロ、海河が海にそそぐ大沽口の南岸にある。

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