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爆弾三勇士事件跡

上海事変の真っ最中の1932年2月22日、日本兵3名が爆弾をかかえて敵の鉄条網に突入、そのまま爆死した。当時、マスコミはこれを「爆弾三勇士」と称し、その勇気を称えた。戦後、それは間違って導火線を短く切ってしまったために起こった事故にすぎず、それをマスコミが意図的に戦意高揚に利用したという見方も出てきたが、いずれにせよ尊い命が犠牲になったことは事実であろう。日本では真実がどうあれ、死者は崇めるものであり、貶めるものではないはずだ。それを日本人の宗教的感情に反してまでも、死者をむち打とうとするのはいったいどういうことなのか。それこそ、その裏に何らかの意図があると勘ぐってしまうのは私だけだろうか。現場は 虹口公園北方の廟行鎮。

 

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